2007年8月1日水曜日

報湖祭

報湖祭の始まり・経過


大正時代に東京帝国大学の学生が湖畔の寮に来て、湖上花火大会を催したのが始まりで、毎年夏に山中湖の別荘に滞在していた徳富蘇峰(作家)が後にこれを報湖祭と命名し、昭和8年8月1日に第一回の報湖祭が開催されました。

報湖祭は殉難者の霊を慰め観光で栄えることに感謝を込めて、以降毎年8月1日に行われるようになり、当初は花火大会、ヨットレース、盆踊り、各種コンクールなど観光客も参加する賑やかな祭りが行われていました。

昭和30年代の山中湖の花火大会はこの当時としては盛大なものであり、全国的に知れ渡る程でした。

この頃の報湖祭の費用も多額に上り、旅館や企業の多くの支援があって、活気溢れる花火大会が催されていました。

昭和40年の中ごろから運用面の問題や社会情勢などの変化により、報湖祭の花火大会は以前のような活気が薄れてきました。






報湖祭_
現在の報湖祭

報湖祭の前夜祭として、山中地区で毎年7月31日に湖畔でバンド演奏などが賑やかに行われています。

花火大会は、山中、平野、長池、旭日丘の四地区の湖畔で花火が打ち上げられ、対岸の花火が見られるのも山中湖の花火の良さで、またほかではあまり見られない迫力ある水中花火は一番の人気です。

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