羽田三ニさんは昭和63年から白鳥に餌を与えるようになり、以来20年間ほぼ毎日(朝、昼、夕の3回)湖畔で餌やりを続けています。羽田さんは白鳥の産卵場所の確保や、釣り針などで傷ついた白鳥の保護をしたりと、毎日湖畔で白鳥を見守ってきたため、”白鳥の叔父さん”の愛称でよく知られており、これまでに新聞、テレビなどのマスコミに何度も登場しています。
羽田さんは以前から生き物が好きで、小鳥、鳩、犬などを飼っていました。子ずれの白鳥が可愛いのでパンを与えたのが、白鳥の世話をするきっかけとなり、当初は知り合いからパンくずなどを集めて白鳥に与えていました。15年ほど前、村に申請して餌を負担してもらえるようになり、カモ用の餌を買って湖畔の数箇所で与えています。
白鳥を見回っていると、ときには白鳥の巣の卵が取られたりすることもあるそうです。これはほとんど心ない人によるもので、このため人が巣に近づかないよに気をつけたりしているそうです。
白鳥に餌をあげる羽田さん
また多くの釣り人が湖畔で釣り針やテグス、鉛の錘などを放置し、それを白鳥が食べたり足や羽根、嘴に引っ掛けて傷つくことが多くあるそうです。この白鳥を餌で近付けて捕獲し、これらを取り除いたり、場合よっては専門病院に連れて行ったりもするそうです。鉛を飲み込んだ白鳥は鉛中毒にかかり、助からないことが多いようです。
湖畔に捨てられたテグスは1年間で大きい袋にいっぱいになるほど拾うそうです。
餌に群がる白鳥
現在山中湖の白鳥は約50羽が棲みついて、大半が嘴の上にこぶのあるコブハクチョウで、コクチョウ(黒鳥)もいます。コブハクチョウは棲みついたら、他に飛んでいくことは殆どないようですが、餌がないときには他に行くこともあるそうです。
オオハクチョウなどが冬にやって来ても、白鳥は縄張り意識が強く、棲みついたコブハクチョウがオオハクチョウなどを追い払ってしまうようです。
白鳥の世話で一番の苦労は、凍った湖で白鳥が氷に閉じ込められた時に、ボートを出して救出することだそうです。
羽田三ニさんは80才を越えたとは思えないほど精力的に白鳥の世話をされていますが、これからも毎日白鳥の世話をされると話されていました。
2008年11月13日木曜日
2008年11月12日水曜日
平野天神天満宮の天岩戸神楽と長田敏貴宮司さん
平野天満天神社の神楽は天岩戸神楽(獅子舞)で、平野天満天神社の祭りに奉納されています。神楽は四方の舞や剣の舞いなど五種類の舞で構成されています。この神楽は雌獅子神楽で、女らしく膝頭をつけて内股で舞うもので、江戸時代中期以降に伝えられたとされています。起縁は定かでなく、地域住民の安定や悪病退散を願って奉納され、祭りの場所に神を迎え、家内安全、無病息災、五穀豊穣を祈願して獅子神楽を舞ったものです。この天岩戸神楽は平野地域で永く伝承されてきた民俗芸能で、平野天満宮神楽保存会の40人ほどのメンバーで構成して継承され、山中湖の無形文化財に指定されています。
天満天神社の七月の天王祭では、宵祭りに本殿とお旅所で舞われ、本祭りには本殿のほか平野地域の道祖神前などで舞われます。
長田敏貴さん
お湯立て祭りは四月と九月に行われ、本殿前でお湯を立て、舞は本殿内で五つの舞が優雅に奉納されます。
長田敏貴さんは国学系の大学を卒業後、富士吉田の小室神社に仕えた後、平野の天満天神社の宮司をされ、石割神社の神職も勤められ、地域の神事を執り行ってまいりました。長田さんは地区の天王祭、石割神社例大祭、お湯立て祭などの祭りの準備では、総代さんたちの取りまとめ役として中心的役割を担っており、また神楽の保存活動にも保存会の会員と共に尽力されています。
長田さんは聖職のほかにペンション経営をされいますが、また地区において多方面で地域活動を精力的に行っておられます。
天満天神社の七月の天王祭では、宵祭りに本殿とお旅所で舞われ、本祭りには本殿のほか平野地域の道祖神前などで舞われます。
長田敏貴さん
お湯立て祭りは四月と九月に行われ、本殿前でお湯を立て、舞は本殿内で五つの舞が優雅に奉納されます。
長田敏貴さんは国学系の大学を卒業後、富士吉田の小室神社に仕えた後、平野の天満天神社の宮司をされ、石割神社の神職も勤められ、地域の神事を執り行ってまいりました。長田さんは地区の天王祭、石割神社例大祭、お湯立て祭などの祭りの準備では、総代さんたちの取りまとめ役として中心的役割を担っており、また神楽の保存活動にも保存会の会員と共に尽力されています。
長田さんは聖職のほかにペンション経営をされいますが、また地区において多方面で地域活動を精力的に行っておられます。
山中明神太鼓保存会と6代目会長中村哲さん
山中明神太鼓は昭和53年山中浅間神社の神楽(獅子舞)を復活させる時に、創作太鼓を同時に始めることになり、北海道登別の北海太鼓を基にして、山中明神太鼓が生まれ、現在の力強い太鼓の演奏が山中明神太鼓保存会で受け継がれてきました。
山中明神太鼓は山中諏訪明神の安産祭りを始めとする、神社の祭りに神楽の奉納で演奏されますが、このほかにも報湖祭、ロードレース、イチイ祭りなど多くの村の行事で演奏活動を行って、イベントを盛り上げています。また村外でも富士吉田市の恩賜林祭りなどで山中明神太鼓を披露しています。
祭り好きの幅広い層の人が集まってできた山中明神太鼓保存会は、歴代の会長を中心に長年にわたって活動を支えてきたため、祭りやイベントが活気あるものになっていると好評を得ています。山中明神太鼓の曲目は、子供が演奏する雷(イカズチ)太鼓と大人の演奏する御渡り太鼓、勇み打ち、四季打ち、山彦太鼓などが演奏されます。
明神太鼓(練習風景)
山中明神太鼓保存会のメンバーは女性を含め30名ほどで、この他に小学生が約20名で活動しています。年齢層は子供から60代まで幅広く、子供の部と大人の部で構成されています。太鼓の演奏活動には、それぞれのメンバーが仕事などの都合で参加する人数が少ないことがあり、底辺の広がりが望まれているようです。子供たちが小学校を卒業すると、中学生以上は大人の部になるので、太鼓から離れてしまうことになってしまうようです。
保存会の会長の中村哲さんは地元の建築会社に勤務されて、山中明神太鼓の会長に平成19年に就任されて、明神太鼓の運営や後進の指導などに活躍されています。中村会長さんは中学生以上の若い人たちにもっと多く参加してもらって、明神太鼓のさらなる活気ある活動を図りたいと話されていました。会長の任期は2年となっているようです。
練習活動では中村会長の熱心な指導の下で、子供たちがいきいきと楽しそうに太鼓を叩いて練習している様子がみられ、山中明神太鼓はこの子供たちによって、永く受け継がれていくことでしょう。
山中明神太鼓は山中諏訪明神の安産祭りを始めとする、神社の祭りに神楽の奉納で演奏されますが、このほかにも報湖祭、ロードレース、イチイ祭りなど多くの村の行事で演奏活動を行って、イベントを盛り上げています。また村外でも富士吉田市の恩賜林祭りなどで山中明神太鼓を披露しています。
祭り好きの幅広い層の人が集まってできた山中明神太鼓保存会は、歴代の会長を中心に長年にわたって活動を支えてきたため、祭りやイベントが活気あるものになっていると好評を得ています。山中明神太鼓の曲目は、子供が演奏する雷(イカズチ)太鼓と大人の演奏する御渡り太鼓、勇み打ち、四季打ち、山彦太鼓などが演奏されます。
明神太鼓(練習風景)
山中明神太鼓保存会のメンバーは女性を含め30名ほどで、この他に小学生が約20名で活動しています。年齢層は子供から60代まで幅広く、子供の部と大人の部で構成されています。太鼓の演奏活動には、それぞれのメンバーが仕事などの都合で参加する人数が少ないことがあり、底辺の広がりが望まれているようです。子供たちが小学校を卒業すると、中学生以上は大人の部になるので、太鼓から離れてしまうことになってしまうようです。
保存会の会長の中村哲さんは地元の建築会社に勤務されて、山中明神太鼓の会長に平成19年に就任されて、明神太鼓の運営や後進の指導などに活躍されています。中村会長さんは中学生以上の若い人たちにもっと多く参加してもらって、明神太鼓のさらなる活気ある活動を図りたいと話されていました。会長の任期は2年となっているようです。
練習活動では中村会長の熱心な指導の下で、子供たちがいきいきと楽しそうに太鼓を叩いて練習している様子がみられ、山中明神太鼓はこの子供たちによって、永く受け継がれていくことでしょう。
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